poems
ぼくの雑記帖
テレビのなかに新聞記事の荒野が見えた
するとぼくの雑記帖のなかにも
再現された路地裏が貫通した
ぼくの右の耳がぴくぴくと動いてラジオを差したとき
新聞記事の荒野には
ラジオ欄の畑ができて
さらに番組の実がなった
そしてぼくの雑記帖のなかには
ラジオでかかった歌のなまえや
テレビに映ったぼくとおんなじ名前の女の子のことが
下手な字になってざわざわとなびいていました。
好きなもの
昼より
夜が
愛するより
恋することが
なめるよりかみ砕くことが
カタカナよりひらがなが
降りる駅よりずっと先にある降りない駅の方が
関西弁より東北弁が
太宰治より織田作之助が
文芸よりもアクション映画が
渡哲也より小林旭が
小林旭よりが宍戸錠が
吉永小百合よりも
松原智恵子が好きだ
石原裕次郎なんかきらいだ
ロックより
昭和の歌謡曲が
甘えられるから好きだ
さすらいが
アカシアの雨がやむときが
黒い花びらが
話しかけてくれる唄が
くさくてキザなセリフが
だれよりも飛びぬけた感情が好きだ
つまり愛するってことをまだ知らないし
やさしさはぜんぶ
自己愛にとどまって
どんどんどんどん淀んでいく
たりないのは愛だとさ
あのツラで愛だとよ
恥ずかしくないのか
いちばん受け取りたいのは愛だってよ
どうしろというのだ
どこへいけというのか
いくら困っても
おまえらのところにはぜったいに
いかないいけない
いきたくない
いくら一人一人を信じられても
あつまりはきらいだ
隣人と隣人とがとけ合うなんて信じられない
なにもかもに孤立したい
なにもかもを敵にしてやりたい
サイクロン号でぶっ走りたい
ばか高い詩集をぶらさげた詩人さんよ
あんたたちの本なんて一冊も読みたくない
きらいだ
えらそうな子宮を持った女らよ、
おれは同時にいろんなものを愛することができるのだ
読者よ
天使とはきみたちのことだ
おれはきみたちが好きだ
うそだ
ほんとうはどうだっていい
ただ少しばかりほめられたいだけなのだ
見えない夜明けに向かって
おれのゆめが泣いてる
おれはなによりも
ぶざまでなけれならないのだ
しかしぼくは
ぶざまなぼくよりも
ぶざまなきみが好きだ
太った聖者
たくさんの夜を踏み
救いあげるべきなにを探していた
黒い点のあつまりとかさなりをよけ
旧国道のしずまりを歩く
なにかに奪われたくて
なにかを奪いたくて
やわらかいカーヴに乗って
手のひらが足もとへ落ちる
たやすい慰みが欲しくて
小さな秋めがけて
求めるものはあっても
信じるものはなく
閉じた門口に立っては
だれもいない庭にベールの女を見ようとした
こころのうちでかの女をひどく犯しながら
救いあげるべきなにをぼくは見つけられない
駅の裏道をたぐり寄せて
ひとりだれかを欲したが
降りてきたのはとても太った聖者で
薄暗い笑みのなかで手のひらを差しだした
なにももってないぼくは
かれの過ぎるのをぢっと待っていた
これだけをぼくは願う
木のようなひと
あるいは人のような木が見たいと
停留所
精神病院をでて
ながく勾配のある坂をくだる
と小さく旧いバス停がある
すすけてそのみすぼらしいなかに
おれはなぜか不滅を見てとつた
むかいには養老苑、そこにはかつて
がそりんすたんどが建っていた
のを思いだしてみる
あれはわが家のはす向かい
に棲んでいたI氏が営んでいたんだ
あのひととその家族はもう二十年近く
まえに退いていまはどこにいるかわからない
また逢いたいともおもわない
引越しの朝
玩具に本にれこおどを頂いた
おれの気に入りは子門真人のあなろぐ盤
仮面ライダーはもちろん
キカイダーゼロワンにイナズマン、
ガッチャマンも収っていた
あのどれもがおれの原初なるRock体験
にちがいない──とても気にいっていたが
同年のくそがきどもにたやすく
毀されてしまった
人生などという大量消費
されるだけの二文字は好かな
いがそれはいつも救われない事実
から出発しているよな?
医者どもはそれを解せないで
薬の正体すらあきらかにせず
狂気のうちや段階をくそみそにする
おれにはかれらと患者たちの見分けがつかない
長椅子にかけておれは本を展く
くだらないじぶんの複製品みたいなやつを
いつになれば死は
バスのかたちをして到着するのか
ここには時刻表には記入できない
黒い金曜日──の
永遠の正午があるばかり
ニーチェは殺され
神はそこに放屁なされた
そしておれはどうなる?
ぼくは小説家になろうかとおもった。
夜遅く
窓づたいにネオンがやってくる
とてもいやらしい色をして
ぼくの蒲団をめくる
女のいないやつは
人間でないものに
女を見いだすしかない
ぼくは七色に羽撃く鳥のつばさに
ぼくの魂しいをあづけた
翌朝
だれもいない裏通り
だれかのげろを鳥が啄んでいて
裏町の物語
その仕組について
鳥語で明かしていた
ぼくはかげという通訳をつかい
おぼろげながら意味をとる
虚無の殺されたあたりを
ゆっくりと歩き
ぼくは小説家になろうかとおもった
灯りがついていたって人間の室とはかぎらない。
遺失物預かり所⇒
人生のために失う
失われるものたちを見よ
黒い馬
札のかかったなまぐさきものたち
どこへでもゆける窓
長いお別れのせりふ
れもんのように冷めた色彩
やなぎのようにしだれかかる美しいものども
玉葱のようにものがなしいものども
解体場の燈しのきらきら
残された小銭にみる自身
すべての友人になれない男たち
あらゆる恋人にはなれない女たち
夢は燃えながら建つ納屋
人生の、
人生のために失ったのだ
ラジオがとびきりひどいものを鳴らしながら
教えてくれることはおおい
ひとつにもはや、
口ずさめるうたのひとつもないということをだ
空間や時間の四隅で
おびえているものがいるということ
人生の、
人生のために失いつづけ、いっぴきの猫が馳せのぼる階段、
そこの半分に腰かけてみせよう
ほら、
なにがみえる?
清掃人
少なくとも
かつてあったものはそのかげを残してるだけだ
ものはみな失せ
手づくりの神殿のなかへと
そしてそいつは清掃車が運び去ってしまった
ありもしない裏通り
架空のカウンターで愛しいひとたちがいなくなっていく
それはまちがいなくみずから撰んだ札だった
急ぎ走りでとめることもできない速さをもって
おれは自身をおきざりにしたんだ
そいつのあまりの惨めさで
手に入れられるのは中古るのやすらぎ
せいぜいのところオープン席三十分のそれ
欲しいとおもったものはそれぞれ納屋の仕方で燃え
ゆっくりと遠ざかる景色
田舎の国道で
天使どもがはげしいおもづらでおれをどやしつけ
中古車センターだけが輝かしい
路上に擦り切れ
かぜになぶられた
このおれが手にできるのはテニスンの短篇ですらない
けっきょくは別離
自身を運び去っていく清掃人のような
ありかただけ
no title 無題
夜
かぞきれない、
旅
高架下で眠るルンペンたち
失踪人たち
密入国者、
あるいは逃亡犯
だれもわれわれのために祈りを捧げはしない
わたしはだれの友人?
きみはかれの友人?
ずっと西部の町で氷点下を記録した一月、
荒れ野の渡りものは南へ
ずいぶんまえに忘れたはずのものを夢のなかに再現する
それはとても滑稽であり、あるいはやさしいまぼろしだった
わたしはわたしの内なる友人たちへ手紙を書く
停留所で、避難所で、留置場で、
どやで、サービスエリアで、
発着場で、待合で、
映画館の坐席で、
マーケットで、
飯場で、
かれらはわたしの友人
わたしはきみの友人
世界の果ての駅舎にて毎朝悲鳴が鳴りひびくとき
男たちの内部をいっせいに青い鳥が飛ぶ
枯槁
頬を打て
小径から冷めた霧の、
遠ざかる、
みそひともじの歌声は、倫理の、
呼びかけと
はらからのうらぎり
うつくしい児や、
《まなざしの》
うらめしい児や、
《まなざしも》
みてぐらとともにおまえの日の戯れも、
火のなかへ焚べてしまえ、
藤袴。
石はかの女を見てる
嵯峨野の役所から
安積の沼地。
ひとの燃える温度
薪をわる手斧は
もはや薪をわるだけでは済まされない
古帽のなかへ顔を匿い、
地唄で土を這う
雨だ、
ふるき吉野の苜蓿、
またしても経験へと降りしきる、
雨だ、
きみはきみを殺し、
どうしてそんなことに
《まなざしの》
どうしてそんなことで
《まなざしを》
あなたは海を見てる
ボルネオの兎唇
芦鶴の虫垂
それからずっと枯槁
それこらずっと枯槁。
PM20:59
夜ふけの通りをわたってすぐに
光りのきれっぱしが飛んで
ぼくに迫る
ブレーキ、
焦げるタイヤの臭い、
むかってきたのは40女の乗ったルノー
醜い皺をいくつもつくりながら
かの女は窓からかいなを突きあげて
怒り声をあげる
それはまったくの瞬間でしかなく、
ぼくはファミリーマートへいく
ところが気に入りのチョコ・クロワッサンがない
ぼくは餡デニッシュと黒酢の支払いを済ませる
なにも拠りどころがないことの清しさ
室にもどると電話が鳴ってる
でもぼくがとるまえに止む
だれから来たのかもわからない電話
だれかがぼくを呼んでるっていうめずらしさ
もしかしたら先週ぼくが送った本についてかも知れない
でもそれならメールが来るはずだ
メールはない
じぶんが求められてないと気づくだけの終日
ぼくはきのう映画を観た
「イングランド・イズ・マイン」
スティーヴンという若者のはなし
かれはさ迷ってばかりいる
みんなは与えるものがなにもないからと、
奪ってばかりいる
ぼくにはよくわからない
England is mine, it owes me a living
But ask me why, and I’ll spit in your eye / The Smiths "Still Ill"
病んでるのかも知れない
でもぼくはいっておく
ぼくはだれとも口づけなんかしない
ぼくはルノーになんか乗らない
ぼくはあした仕事にいくつもりがない
きみの慰みはもうかつてのようにやさしくない
唇が傷みだす
また唇が痛みだすんだ
廚に立つぼく、
鉄のフライパンで焼きあがっていく卵、
こいつがぼくの脳味噌なのか?
どうか、ぼくの脳味噌にベーコンをひとかけら
どうか、ぼくの判断にゴーギャンをひとかけら
そしていまいましいこの人生をぜんぶきみのせいにする!
それはまるで毛布のなかの両手みたいで
いまでもこの場面を路上で叫ぶものがいる
幾晩も眠れない夜を送った
夜のほどろにはそんな人間ばかりががらくたみたいにいる
いまのわたしがどうなっていくのかを観察しながら
燃えあがるスカートを眺める
水鳥が死んでる
片手には斧、
もう片手には愛が咲く
それはまるで毛布のなかの両手みたいで
あったかいんだよ、アグネス
でも追いつめられるんだよ、アグネス
みんながそれぞれの通信のなかで、
蛸壺に落ちただけなら、
技術なんておとぎばなしだ
光りが歩く
警笛がたちどまる
かれらかの女たちは始めたんだよ、アグネス
けれでも放送が突然に切られて、
信号が変わる
表通りで自転車が発狂し始めたのを皮切りにして、
町のひとびとが凶器に変わった
いや、それを撰んだといっていい
エリンは燃えながらワンピースをゆらして踊った
ケンゾウは新聞記事で家を建て、
スティーヴンは星狩りの舟に乗り、
それぞれのちがったおもざしを光らせて、
第7惑星の空にちらばっていった
わたしが聴いたのは
最後の2小節、
警告と発展だけだった
ジェーンがキヨコの手を握って、
なにも形成されないところで起きた、
現在が発生する磁場の衝撃波がした
そしていまはもうだれも残っていない
だけどアグネス、きみは受け入れることができるんだよ
Tanka
愛などにあこがれたまま頓死するのがせいぜいだろうと青葱を切る
ひとをみな滅ぼす夢も愛ゆえにからたちの木へ身をば委ねる
裏階段展びてゆけゆけ入れ目なる緑の犬のまなこのなかに
喪いしものみなとるにたりはせぬ・はくさいの虫など殺すひととき
銀河にてさまよう塵を日の本と呼びみかどらの車スピードをあぐる
ソーダ水の残りの滴ぱちぱちとしてコップのなかの犀眼を醒ます
それがぜんぶだったんでしょうか、からっぽの郵便受けに水
小さな花きいろい花が咲きましたら惜しみなく千切れ惜しみなく奪え
花狂いするものはみな射たれよといっぱいの水に潜るひとあり
花野にてふさわしい死を死にたいといい散水機が暴走したり
石を探す石を探す石を探すさりとて埒もない河原の真午
修司忌やさつきのみどり燃ゆるまで灰になるまで書物を捲る
葡萄を量る女たちには戒めような両の眼泳ぎつづける
夕なぎに身を解きつつむなしさを蹴りあげ語る永久のこと
ぬばたまの夜をレールが展びゆきてしずかに充たすわが青年期
小雨降る道路改修工事にて少女誘拐われは聞くのみ
「くちびるの厚ければ情も篤し」老ゲイ・ボーイのまなざしやさし
花かすみ病かすみのなかでいま身をひらかれるひまわりの種
海という一語のために汲まれてはあわれしづかなる六月の桶
素裸のれいなおもいし少年のわれは両手に布ひるがえし
ドラムセットくずれつつあり客席の少女のひとり高くジャンプす
ひとのなき青森県の三沢にてふと雨さえも言語足り得んや
指切りのつもりもあらずちぎりという一語のなかに解かれる夕べ
さかあがる星月淋しむくいとは幼きうちに死を悟ること
子供抱きながら傘を差す一瞬のひらめきに口をあける子よ
駈けてゆく足あざやかに光り充ち水あかり発つびしょ濡れアリスちゃん
みずたまりのむこうからうつむいて歩いて来るはさなえの亡霊
けぶれるような胸持つ男青春というものをあらかじめ失っていて
精通ののちなる恋よはぢらいは晩生(おくて)という駅に連れ去るる
なにもかも交換できてしまうからせめてあなたをうたぐっていたい
波打ってくずれるひとよ鶏肉のような色して死んでしまえよ
かのひとの素膚のうえの棘みたく存りたいと願うも夢は終わり
しめさばのすっぱい真夏くりかえす正午に於けるぼくの対処は
ひとしれず放下の果てを死ぬべきと黄色くなったセロリの葉っぱ
麦畑のうちなる誘い墓場にて見知らぬ友のふたつの乳房
恋いというもののいかがわしさばかりはるか弥生の光りに滅びつつあって
どういうこともなかれど声を断つ回転木馬の馬たち
天下原のきぬずれひとつまたひとつ水となり顔を打つ未明まで
鴎らの問いを静かに聴きながら波の答えに飛び込む隣人
ひとつでもいいからと云ってすがりつく火ぶくれた指の愛もある
たがために花を剪らんか一輪を求めさ迷い荒れ野に消ゆる
いたずらにさみしいともいえず熟れる芽のなかにそっと手をやる
それでなおかの女はぼくを赦さない花の一輪剪って葬る
前科者ロックンローラー人夫だし検品係あしたの愁い
夜を流れる雲の赴くところまでまわりつづけて観覧車現る
耳を閉じる──ぼくのためにできるのはこれだけとおもう舟あかり
うつし世にもはやこがれるひともなく黒帽子の埃を払う
たなそこにわれはまさぐる茎たれか泣かしてみたくなればふくらむ
たわむれに古帽を叩きつけてはかりそめの野性を謳う男歌かな
少しでも幸せであればいいのだと水切りをするぼくらの時間
生田川上流に秋を読みただ雨を聴く水に宿れる永久ということ
まだ生きる蚊の一匹がわれを追いふと恥ずかしい秋そのものが
妹らの責めるまなじり背けつつわれは示さん花の不在を
やまぶきの光りのなかをしとやかなけもののようなきみの黒髪
ひとの世を去ることついにできずただ口遊めるのはただの麦畑
たが母も血より淋しきもの通いかつてからすのからかいに泣く
殺意さえおもいでならん河下の鉄砲岩に拳を当てる
愛を知らずわれはひそかに奪いゆく手のひらのなかの秋草をまた
ふたたびという辞のひびきもはやなく檻のなかにて坐るゆうぐれ
旅に病める芭蕉のあまた秋霖はかつてのわれを連れ去り給う
駈けていく女の子たちかな秋の日の選挙ポスターいちまいやぶる
そらというものの対義語探したる少女のせつなぽっかり暮れる
銀匂うくわるてつと手に歩く松本隆の生き霊を見し
冬の菜をきみに贈りたし経験と呼べるものなきわが愛のため
法医学教授するひと人体のなかに眠れる口唇期かな
土塊に過ぎぬわれらと唱えたる基督信徒の外套の艶
主人公不在のままに幕を閉ず栄光という二字の引力
汗の染む放浪詩篇かのひとの跡へむかってうち棄てたりぬ
子供らの駈け去るかげの差しており夕立ちの色素の落ちていたりぬ
中也ごとマント掛けたる冬をいま鏡のむこうに見て風車
閂の黙するままに閉じられて箒のかげにすがる木枯らし
発つ霧へふいにマッチをかざしたるわれは猪圏(いこく)のひとかも知れず